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【音楽】 Steely Danは‘Deacon Blues’をどのように生みだしたか [転載禁止]©2ch.net

1 :湛然 ★ [GB]:2015/09/11(金) 20:40:58.08 ID:???*
│●‘Deacon Blues’はSteely Danのアルバム“Aja”に収録されたヒット曲。
│  その制作についてのバンドメンバーへのインタビュー。
│●‘Deacon’はメンバーが音の響きを気に入り、当時のアメフト選手から取ったもの。
│  31歳で人生を擲ち、ジャズミュージシャンになろうとした男についての曲。
│●バンドのメーンメンバーであるドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーは、
│  ラリー・カールトンにギターパート、トム・スコットに金管楽器の編曲、
│  ピート・クリストリーブにサックス・ソロを担当させ、ジャズ風の曲を作ろうとした。

スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーが
1977年にヒットした‘Deacon Blues’について説明した。

中年の危機の曲が言うように、‘Deacon Blues’は最もメロディアスで実存的である。
1977年のアルバム“Aja”に収録され、ある郊外居住者の退屈な存在と彼のジャズサックス
奏者としてのロマンチックな幻想を詳細に表現している。

1976年にウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンにより書かれ、1977年に“Aja”
の収録曲として発表された‘Deacon Blues’は、秋にはビルボードのアルバムチャートで
3位にまで登りつめ、7週連続チャートインした。また、1978年の初めにシングル曲
としてもヒットした。

スティーリー・ダンがこの10月にニューヨークのビーコン・シアターに登場するのに合わせて、
フェイゲン氏[D]、ベッカー氏[W]、ギターリストのラリー・カールトン氏[L]、
そしてサックス奏者のトム・スコット氏[T]とピート・クリストリーブ氏[P]が名曲の
制作過程について話した。インタビューから。

[D]:ウォルターと私は‘Deacon Blues’をカリフォルニアのマリブに住んでいたときに
書きました。ウォルターが私のところにやって来て、ピアノの前に座ったんだと思います。
私にはコーラスについてあるアイデアがありました。

もし、アラバマ大学のようなカレッジ・フットボールチームが“Crimson Tide”というような
大袈裟な名前であったならば、オタクと敗北者は同じように大袈裟な名前を付ける資格が
あったでしょう。

[W]:ドナルドは砂丘の頂上に、ピアノを備えた小さな部屋がある一軒家を持っていました。
窓からは他の家の間に太平洋を見ることが出来ました。
“Crimson Tide”は我々にとって誇張された壮大さそのものでした。
我々の“Deacon Blues”は我々の曲の中の敗者と同等のものでした。

[D]:ウォルターがやってきたときに、我々は音楽をスタートさせ、物語に合わせて
より多くの歌詞を満たしました。当時、ロサンゼルス・ラムズとサンディエゴ・チャージャーズ
にDeacon Jonesというアメフトの前衛がいました。

我々はアメフトの熱心なファンではありませんでしたが、Deacon Jonesの名前を
60年代、70年代初期のニュースでよく聞き、その名前の響き気を気に入っていました。
それは2音節もっていて、“Crimson”のように便利でした。
その名前はウェイク・フォレストのデーモン・ディーコンズや、他の敗北記録を持つ
チームとは何も関係がありませんでした。私が当時アメフトで知っていたDeaconは、
Deacon Jonesだけでした。
>>2以降につづく)

・ Walter Becker, left, and Donald Fagen in Los Angeles in 1975 Photo: Ed Caraeff/Getty Images
http://si.wsj.net/public/resources/images/AR-AK759_DEACON_12S_20150904180010.jpg
http://www.wsj.com/articles/how-steely-dan-created-deacon-blues-1441727645
Sept. 10, 2015 1:15 p.m.

║参考
“Deacon Blues”の歌詞[UtaTen]
http://utaten.com/lyric/Steely+Dan/DEACON+BLUES/
※ニュースを翻訳してみました。
  拙いものになります。読みにくい部分、誤り等あるかもしれませんが、お許しください。^^

2 :湛然 ★ [GB]:2015/09/11(金) 20:41:07.56 ID:???*
>>1つづき)

[W]:他のポップソングライター・チームと違い、我々は作曲と作詞を同時に行いました。
言葉と曲を分けるのではなく、単一の思考の流れにしました。二人が満足する結果を得るため、
お互いを超えようとし、何度もリフを前後しました。我々はいつもよく似たコンセプトと
ユーモアのセンスを持っていました。

[D]:ウォルターと私はジャズのバックグラウンドを持っていて、我々のモデルは多くの
ポップソングライターのものとは異なります。“Deacon Blues”では、我々の他の楽曲と同様に、
その曲を、異なるポイントで特定のサウンドを与える種々の楽器部門を持つビッグバンド以上の
編曲だと考えました。我々は、“Deacon Blues”を何層にも分けて進展させました。
まず、リズムトラックス、それからヴォーカル。最後に金管楽器。

多くの人は、その曲がミュージシャンになるために自分の生活を捨てた郊外に住む男
についてのものだと想定しました。実は、私はその男が実際に彼の夢を実現するか
分からないのです。彼は未だに金環楽器の演奏さえしていないかもしれない。
それは、あるサブカルチャーからの、郊外に住む男の空想的な生活なのです。

我々の楽曲の多くは報道的なものですが、この曲はより自叙伝的です。
それは、私がニュージャージーで、ウォルターがウェストチェスター・カウンティ―で
育ったころの我々自身の夢についてのものです。

[W]:“Deacon Blues”の主人公は三重敗者です。夢を実現した男のことというよりも、
壊れた人生を送る、壊れた人の、壊れた夢についての曲です。

[D]:歌い始めの [“This is the day of the expanding man / That shape is my shade
there where I used to stand”]のなかの“expanding man(誇大妄想男)”のコンセプトは、
アルフレッド・ベスターの“The Demolished Man”にインスパイアされたものかもしれません。
ウォルターと私はサイエンス・フィクションのとてつもないファンだったのです。

その曲の男は、自分自身について、進化のレベルを遡り、彼の願望、精神的な可能性、
そして人生の選択肢を“expanding”すると想像しています。

[W]:彼の経歴は大したものではないようでした。だから我々は彼がexplode(拡大)するのを認め、
彼にある種の未来への地図を提供しました。

[D]:いわば、男は郊外の彼の両親の家で生活しているのです。
彼が31歳のある日、彼は目覚め、自分を良くみせる生き方を変えたいと思うのです。

[W]:すなわち、彼はガレージの上にある自分の部屋に天窓を作り、
その窓が開いたときにある思考が降りてきて閃くのです。
もしくは、彼は本の指示に従い駒を動かすことによって一人でチェスをしているのです。

神秘的なことが起こり、彼は突然自分の周囲の環境や人生について意識をし、
彼の選択肢について考え始めます。
[“So useless to ask me why / Throw a kiss and say goodbye / I’ll make it this time /
I’m ready to cross that fine line”]という私たちが楽曲で使う“fine line”は、
敗者と勝者を分ける境界線なのです。少なくとも彼自身のコードにおいては。
彼は明らかに、成功しない以前にそのラインを越えようとしました。

>>3以降につづく)

・Larry Carlton in 1979 Photo: Clayton Call/Redferns/Getty Images
http://si.wsj.net/public/resources/images/AR-AK761_DEACON_FR_20150904180256.jpg
・Donald Fagen of Steely Dan at Coachella in April Photo: Zach Cordner/Invision/Associated Press
http://si.wsj.net/public/resources/images/AR-AK763_DEACON_P_20150908103928.jpg

3 :湛然 ★ [GB]:2015/09/11(金) 20:41:19.62 ID:???*
>>2つづき)

[D]:70年代半ばまでには、我々はスタジオでセッションプレーヤーを使用していました。
スティーリー・ダンはウォルターと私の二人になっていたのです。我々が各楽曲に求める
サウンドのためにミュージシャンを厳選しようとしました。我々は自ら求める結果のために、
相当多くのミュージシャンを経験しました。

サウンドに関しては、我々はルディ・ヴァン・ゲルダーのジャズアルバムに影響を受けました。
彼は、50、60年代の名高いプレスティッジやブルー・ノートといったレーベルが出すアルバムの
エンジニアです。

[W]:ルディのレコーディング方法は、ミュージシャンがマイクの近くで演奏することにより
各楽器の音を親密にすることでした。ラインの継続性とソロを際立たせる音質の豊かさを
を持たせるように、彼はレコーディングしました。我々はすべての音のレコーディングを
そのような方法でしようと思いました。

[L]:私がドナルドと会ったときに、彼は“Deacon Blues”のデモテープを渡してくれました。
私はリズム・セクションの編曲をしました。それはぎっしり詰まっていましたが、金管楽器や
バックヴォーカルのような他のレイヤーのために、まだ余白は沢山ありました。

その曲の有名な出だしは、正確に同じコードと音である私のギターとヴィクター・フェルドマンの
エレクトリックピアノに、ドラマーのバーナード・パーディのシンバル音で構成されています。
楽曲のリズムセクションが堅く聴こえないように、ドナルドのヴォーカルが配置された後で
私は各所にギター・アドリブを加えコントラストを作りました。そのアドリブはドナルドの
ヴォーカルを縁取るようにしました。

[D]:リズムトラックと私のヴォーカルが決まると、楽曲にドリーミーで甲高い音を入れるために
金管楽器を加えました。サックス奏者のトム・スコットを編曲のために連れてきました。
我々は彼に「デューク・エリントンのクラウド」の感じでタイトでロマンチックにアレンジを
するように要求しました。

[T]:私がドナルドとウォルターがレコーディングをしているウェストロサンゼルスの
ヴィレッジ・レコーダーに到着したときに、彼らはリズムトラックを演奏してくれました。
ドナルドはリード楽器を4、トロンボーンを2、それにハイ・ノートではないトランペットを
加えたいと言いました。私はすぐに、まだ曲中になかった9th、11th、他のジャズの表に
出てこない不協和音の編曲をどのようにすべきなのかを聞きました。

“Aja”に収録するすべての楽曲についての金管楽器パートの編曲におよそ10日ほど
かかりました。“Deacon Blues”のためにはオリヴァ―・ネルソンのオーケストラ・スタイルを
反映させました。私は、テナー・サックスとバリトン・サックスの旋律が中音域で近接して
共に演奏されることによる「こすれ」を編曲しました。このことにより、厚みのある
甲高い音が生まれました。

[D]:リズムセクション、金管楽器、そしてバックヴォーカルのレコーディングがすべて
済んだ後、ウォルターと私はスタジオで聴き返し、サックス・ソロ(主役を代弁する者)が
必要であると感じました。我々はジョニー・カーソン・トゥナイト・ショーのテナーサックス奏者
(ショーがCMに切り替わるときに狂ったように吹く猫)の音を気に入っていました。
彼はガッツある音を出しましたが、我々は彼が誰であるか知りませんでした。

[W]:我々はプロデューサーのゲイリー・カッツに尋ね回らさせ、それがピート・クリストリーブ
であることが判明しました。ピートは、彼の演奏をユニークにする多くのクールな
ハーモニーの工夫を生み出していました。彼はソリストとしての役目を受け持つように
吹き鳴らし、「射撃手」の様でした。

>>4以降につづく)

4 :湛然 ★ [GB]:2015/09/11(金) 20:41:44.18 ID:???*
>>3つづき)

[P]:私はトゥナイト・ショーの録音が午後6時半に終わったある夜、彼らのスタジオに行きました。
トムの編曲したトラックをヘッドフォンで聴いてみたら、私がソロ演奏する余白が十分にありました。

トラックを聴いてみて、ドナルドとウォルターはロックミュージックのブロック・コードではなく、
ジャズ・コードの変化を使用していることを理解しました。このことにより私は即興のための
しっかりとした基礎を得ました。彼らは私に感じたように演奏するように言いました。
そう、私はジャズ・ミュージシャンだから、それが私のすることです。
だから私は再びトラックを聴き、最初のソロを録音しました。

聴き返してみて、彼らは素晴らしい、と言いました。
それから二本目を録音し、それが彼らが使ったものとなりました。
私は30分で去りました。次に私が知ることは、私が世界中のあらゆる空港の
バスルームで自分が参加した作品を聴いていることです。

[D]:その曲の終わりのフェードアウトは意図したものです。
夢が夜に次第に消えていくように感じるようにしたものです。

[W]:“Deacon Blues”は私にとって特別なものでした。
私が一日中ミキシングをして、それが終わったときに何度も何度も聴きたいと感じた
ことを覚えている唯一の時間です。それは、楽曲そのもの、曲の性質、楽器の響き方、
そしてトム・スコットのタイトな編曲がピッタリと合った包括的な音でした。

[D]:我々が“Deacon Blues”と我々のすべての作品について行った正しい一つのこと、
我々は決してマス・マーケットに適応しようとはしなかった。
私たちはこれからも自分たちのために活動を続けていきます。

(おわり)

・Walter Becker of Steely Dan at Coachella in April Photo: Zach Cordner/Invision/Associated Press
http://si.wsj.net/public/resources/images/AR-AK762_DEACON_P_20150908103806.jpg

5 :名無しさん@お腹いっぱい。 [NL]:2015/09/11(金) 20:48:10.76 ID:QXXiS4Bx0
この曲知らなかった。教えてくれてありがとう。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。 [US]:2015/09/11(金) 20:53:20.00 ID:Yoqle2fW0
‘The Nightfly’は名盤

7 :名無しさん@お腹いっぱい。 [HK]:2015/09/11(金) 21:04:53.13 ID:vqUAo1V30
YouTubeでチェックした。あぁ、この曲ね。
20年ぶりくらいに聴いたよ。ありがとう。

個人的にはスティーリー・ダンは過大評価されてると思ってる。
だが、リリース時にリアルタイムで聴かなければ
理解できないのでないか、
とも思ってる。
だって先駆性を肌で感じられるのは
その時代の人たちだけだもんな。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。 [GB]:2015/09/12(土) 01:01:30.43 ID:EhE4hcZz0
しつこい

9 :名無しさん@お腹いっぱい。 [KR]:2015/09/12(土) 05:13:10.08 ID:o7axABOa0
the royal scamは名盤

10 :名無しさん@お腹いっぱい。 [CN]:2015/09/13(日) 15:15:49.10 ID:VYQCNR6q0
その時代に聴くってのは先進性ってより前例がないだけに刷り込みも大きいわなあ
俺にとってajaとnight flyがいまだに彼らのベストだもん

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